自分のTバック企画のまとめ記事を放置したまま、
人様のTバック企画に乗っかる日々を反省していながら、
またしても乗っかります・・・orz
みなさん、ごめんなさい。
近々アップしまつ・・・。
と、いうわけで。
今回ははに〜ちゃんにワタシのTバックを一枚進呈しようと思うわけです。
精神疾患までいかなくても、微妙に憂鬱なときとか、
疲れた〜ってときとか、がんばった自分にご褒美!なんてことは
みーんなあると思う。
そんな方法を教えてほしいのです。
えと、はじめに一応断っておくと。
>疲れた〜ってときとか、がんばった自分にご褒美!
ということなんだけど、
疲れたときに元気になる方法と、
がんばった自分にご褒美!
っていうのをワタシは上手にひとつにできなかったので、
「疲れたときに元気になる方法」を
公開してみようと思います。はい。
さて。
ワタシのとっておきの自慰行為はズバリこれっ!
↑自分を慰めるほうの意味よ?アレのことじゃないからね?(ヲイ
1.今は休むとき。なんにもしないぞ、と決める。
2.やりたいことだけやる。
3.やりたいことでも、やりたくなくなったら、やらない。これにつきるっ。
体を動かすとか、音楽を聴くとか、おいしいものを食べるとか、
そういう具体的な自慰行為を提案できなくてごむぇん・・。
でも、そういうのってなんでもいいのかなぁ、って思うんだよねぇ。
自分の好きなことならそれが自慰行為なんだもん。
それよりも、なんていうのかなぁ・・・。
休んでる自分、やりたいことにしかパワーをあてがえない自分を、
正当化する拠り所を強引に作っちゃうっていうの?
そんなイメージでやりたいことしかしない自分を許してあげることが、
疲れちゃったりしているときはワタシには大事なのよ〜。
「休むことはいいことだ」って思わないと、
休んでいる限り休んでいる罪悪感でまた元気がなくなるし、
「元気になるために〜をしよう。」っていうのも、
ワタシの場合、パワーを使う事になっちゃうから、
元気になるためにしたはずなのに余計に疲れた・・・orz
っていう状況に陥るんだよねぇww
だからパワーを使わなくてもやりたくなること、
以外はやらないようにするの。
ぼ〜〜〜〜〜っと日がな一日寝てるとか。
顔も洗わず、歯も磨かず、一日パジャマ。
マンガ読んで、テレビ見て、パソコンやって寝る。
そんな生活をイヤになるまでおくるのね。
これって、一見どんどん深みに陥る気がするけど、
「本当に休んでていいんだ」って思えてやってると、
そのうち起きたくなるし、顔も洗いたくなるし、
外にも出たくなるんだよね。
イヤになるまでどのくらいかかるか、
それは人それぞれだと思ってて、
例えば1日でそうなる人もいるだろうし、
何年もかかる人もいると思う。
でもその時間がその人に必要なお休みの時間だと思ってて、
つまり、疲れている量なのかな、と思うの。
その時間をそうやってすごさない限り、
本当に休んだことにはならなくて、
きちんと復活することができないんじゃないかと。
・・・なんか上手く言えないなぁ・・・(__|||)ズーン
う〜ん。
補足のつもりなんだけど、
蛇足のような気もする自分の経験談を書くけど、
なんか本筋から離れる気がするから
ここからは気力があるときに読んで欲しいわ。
例えばワタシの場合は2年くらいそんな生活送ったんだよねぇ、昔。
でもその後も断続的にそんなことが結構あったから、
ほんとはもっと長いかも。
なんにせよ。
このまとまった「正当化されたお休み」の時間があったから、
その後は短期的な休憩(1日だらだらするくらい)で、
元気になれるようになった気がするんだよね (`・ω・´) シャキーン
上手に言えないんだけど。
休んでいる自分を「良くない状態だ」とか、
「早く元気にならなくちゃいけないんだ」とか
そうやって思うと、そのキモチが元気になることを阻む気がするの。
ワタシが「正当化されたお休み」をしていたのは、
中学から高校にかけての頃なんだけども、
その頃思いついた「元気の器」っていうイメージがあるのね。
稚拙で笑っちゃうんだけどww
恥ずかしながら披露してみる・・・。
***
人はそれぞれ元気の器を持ってるの。
例えばコップみたいなものをイメージしてね (´・ω・`)つ旦 オチャドゾー
その器の中に一日一回だけ「元気」が注がれるの。
その一日分の元気を上手に使いまわして、人は一日をすごすわけ。
でもときどき。
注がれた元気だけじゃ足りなくなることがあるの。
学校や仕事のいろんな場面で頑張らなくちゃいけないときね。
そういうときに、人は次の日の分の元気を前借するの。
そうすればその日に必要な元気が得られるから、
思う存分頑張ることができる。
でも前借されちゃった次の日。
その日に注がれるのは器に一杯じゃなくて、
前借した分が引かれた元気しか注がれないの。
毎日10元気あるとして、
前借を1していたら、
次の日は9元気しかない、っていう感じね。
最初のうちは少し足りないだけだから気づかないし、
また次の日の分を前借したりして、
前と同じような生活をしつづける事ができるわけ。
でもある日。
前借、前借、の連続で注がれる元気がゼロになる日がくるの。
このときになって初めて人は「疲れちゃった」って
思うのかもしれない・・・(´・ω・`)ショボーン
じゃあ、また器一杯に元気が注がれるようになるまで、
毎日注がれる元気を使わないでいるしかないのかも。
上手に元気を使えなかったことはいけないことかもしれない。
でも考え様によっては「それくらい頑張った」ことになるのかも。
そうであるなら、今休むことは思っていたほど悪いことじゃないのかな?
***
・・・こんなことを考えて、
必死で自分がナニもできない生活を正当化してみたんだねぇ。
当時のワタシは。
でも根がぐうたらなことが幸いしてかw
この方法が巧を奏して今は何とか元気にしているよ。
なので。
疲れた自分を慰めるために必要なのは、
「元気になるために何をするか」ではなく、
「休むためにいかに居心地のいい言い訳を考えるか」
なのかなぁ、と思うのよね。
・・・あ〜・・・やっぱり補足したせいで、
蛇に足がついたかも・・・orz
くそ〜〜〜。
文才のない自分が憎いっ・・・。
なんかTバックあげるつもりがオヤジのブリーフ渡しちゃったよ・・・orz
みたいな状態になってきてる気がするが、
もう、どうにもブリーフをTバックに仕立て直す自信がないので、
申し訳ないがこのまま送ってしまうよ・・・。
何も送らないよりはオヤジのブリーフでも、
履けるものがあるほうがいいよねぇ?(マテ
Tバックに仕立て直すなり、
だりおさんにあげるなり、
いっそのこと捨ててしまうなり、
好きなようにしてください・・・。
★
こんなに馬鹿なワタシも生きている・・・★
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