2005年01月13日

遠隔操作

今、ワタシは東京に帰ってきているのですが、
実家では本年初のバトルが昨夜繰り広げられました〜。

今日は健康保険がらみの話で家に電話をしたのですが、
そんな本題はそっちのけ。

電話に出た妹の話を聞いて、彼女をなだめること30分。
次に父に電話を代わってもらっても、本題に入るまで50分。
なだめ、すかし、おだて、しかり、盛りだくさん。

やっと電話が終わったと思ったら、母からぶる〜なメールが・・・。
あわてて電話をかけて話すこと3時間・・・。
時に同情し、時に叱責し、と大奮闘。

怒鳴ってたかと思えば、次の瞬間泣き出す始末。
忙しい人です。

でも、まぁ、なんとか。
最後は笑って電話も終了。
遠隔操作完了と相成りました。

これで今日のバトルが回避できればよいのですが・・・。
どうだろう・・・。
今のところまだ妹からのメールは来てません・・・。
前回帰省した際に我が家の各人に宿題出したんですよ。
「過去の気持ちや行動の棚卸」をすること、ってゆー。

どうも観察しているとウチの人間は、
「自分に都合の悪いこと」「自分の正当性を妨げること」
を他人のせいにする傾向が強いんですよね。

で、自分の気持ちや考えをそっちのけにして、
「あのときは、あの人ああ言ったから自分はこうするしかなかった。」
とか
「このときこういう状況だったから自分はああ言ったんだ。」
とかが多すぎる。

人のせいにして、自分を原因から省いていろんなことを考えて、
その堂々巡りにハマちゃってるんで、
解決に程遠い状況になっている気がしてならないんですよ。

自分を反省する姿勢が希薄すぎる。
だからいくら話し合い(殴り合いとも言う・・・)をしてもよくならない。
良くなりようがない。
だって、誰も何も改善しないんだもん。
人のせいにしちゃうから。

どういうことでも、まず自分始まりだと思うんですよね。
自分のアクションがあるから、相手のリアクションがる。
相手のアクションがあるから、自分のリアクションがあるんじゃない。

その辺を勘違いしてる。

で、そのあたりを自分でちゃんと認識することが、
何かしらの解決につながるのではないかと思って宿題を出したわけです。

その宿題をやる中で、自分の反省点が見えるのはもとより、
自分が本当はどうしたかったのか、どうしたいのかが見えてくる。

これってすごい大事なことだと思うんですよ。

自分のことって、すごく良く分かってるような気がしてるけど、
実は大して分かってないんですよ。
なんでああいう行動をとったのか、こうやって言ったのか。
それって、後になって考えてみて分かったりすることが多い。

そういうことに気づいて初めて、自分の好きなことや嫌いなことが分かってきて、
自分の行動を見直すこともできるし、人との付き合い方も見えてくる。

ここで特に大事なのは、自分が嫌いなことが分かること。

好きなことは受け入れやすいけど、嫌いなことは結構受け入れがたい。
なぜなら、嫌いなことっていうのはいろいろあって、
単純にピーマンが嫌いとかそういうことだけじゃなくて、
自分の理想とする自分と違うことが嫌いだったりするから。

例えば、人の悩みを聞いてあげることが自分が理想とする自分だとする。
でも、自分は人の悩みを聞くことが実はとてもストレスがかかって、
嫌いなことだと気づく。
これって、受け入れにくいですよね。

自分が理想とする自分でないという事実を受け入れなければいけないんですから。

でも、そういう自分も自分なんだと。
それでも他にいいところがあるのだと。
そういう部分で自分は他の人と付き合っていくのだと。
そうやって思うようにならないと、理想と現実のギャップに潰されてしまう。

だから自分の嫌いなことを認識して受け入れる作業はとても大事だと思うのです。
そしてそれが何より今のワタシの家族に必要な作業だと思うのです。

でもこれって思ってるよりすごく大変な作業で、
この作業をすること自体がストレスにもなったりします。
だから少しずつ、気がついたときにだけ、やればいいわけです。

で、やっても実は大して目に見えた効果もなかったりします。
でも、それでいいんだと思ってます。
今、やったことは、知らない間に消化されていって、
きっと5年先、10年先になって、
自分でも気づかないうちにその恩恵を受けるわけです。
だから、今は気づかない。

でも、それだと今その作業を続けるモチベーションが下がったりもする。
そういうときは、その作業をしていることをほめてあげる。
もしかしたらその作業による小さな変化もあるかもしれない。
それをすかさず見つけて、その作業をした成果であることをほめてあげる。

うまくすれば人がほめてくれるかもしれないけど、
そんなことは基本的にないので、ちゃんと自分でほめる。

そうすることで微かな自信を得ることができるし、
単純にほめられて元気になる。

今はそういう小さな自信や元気を蓄えることがすごく大事なんだと思うんですよね。

別に病気じゃなくてもそういうのって大事じゃないですか。
ほめられたらうれしいし、認められたらうれしい。

うちのママは病気で普通じゃないけれど、
でも大事なもの、必要なものは自分も含めたみんなと一緒なんですよ。
ただそれが、今は人よりたくさん必要なだけ。

でもじゃあ、ただただ彼女をほめてあげれば?とか思うでしょ。
それだとダメかなと思っての宿題なんです。
ただほめることと平行して、彼女が自分でやったことの結果として元気になった、
っていう因果関係を刷り込む必要があると思うんですよね。
その因果関係が、きっと後になって彼女の自信になるはずなんです。

だから、宿題。
先生気分で出してみました。

でも、ウチの生徒はのんびりやさんが多いので、
まだまだ満足するような提出はありません。
初めからちゃんと出せるとも思ってないしねっ。

ま〜。
グチ半分で整理も兼ねておもいつくままに書きましたが、
何の根拠もなかったりします。

ので。
実はワタシも不安だらけです。
自分がやったことが原因で悪化したらどうしよう〜・・・ってね。

でも、何もしなかったら悪化するのは目に見えているので、
どうせなら何かしようと思っていろいろ試してたりします。
悪くなったらそのときまた考えるさぁっ。

ま。
でもあんまり考えなしなのも困るので、こんな本を今日買ってみた。

境界性人格障害=BPD(ボーダーライン・パーソナリティー・ディスオーダー)―はれものにさわるような毎日をすごしている方々へ
ポール・メイソン ランディ・クリーガー

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まだ読んでないから、いいのか悪いのかよく分からないけどね。
でも導入としては良いと言ってる人がいた。

それにしても。
そもそもウチのママンは境界性人格障害なのか?ってゆー・・・。

まだお医者さんの診断が出てないけど、似てるんだよねぇ・・・症状が・・・。
ま、違っても教養として読んでおくのも悪くなかろう。
posted by ちゃっぴー at 02:47 | 東京 ☀ | Comment(2) | TrackBack(1) | ちゃっぴーさんちの家庭の事情
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この記事へのコメント

ちゃっぴーさん、お疲れ様ですっ(o*。_。)oペコッ
いや〜……すごい。
がんばりますね、ちゃっぴーさん。
私なら逃げる(爆)
でもいろんなことを解決しようとしているちゃっぴーさんには頭が下がります、ほんと。
かっこいいなぁ……┬┴┬┴┤*-___-)ポッ

心の病って、けっこう診断が適当ですよね、実体は。
目に病原が見える病気と違うから、診断する意志の主観に基づいて、
限られた診察時間の中で判断される。
例えば私は2週間ごとに診察受けてるんですけど、
私にしてみれば2週間分のあれやこれやを相談したくても、
先生は2週間前に私が話したこととか忘れてるんですわ。
2週間、いろんな患者さんを診てきたから、
カルテを見ても記憶が思い出せない。
なんちゅーか、そんな中で病状を診断されても……

というのがあるので、最近は病気か病気じゃないかってどうでもいい気がしてきました。
要は、人と付き合っていて耐え難いストレスがあるかとか、
なんかそういうことですよね。
日常生活や人間関係に支障を来たしているなら、
病気と診断されようがされまいが、
なんとかうまくいくように改善していけばいい。

で、ちゃっぴーさんのやってることって、
私個人から見てですが、やっぱりすごいと思います。
的を射ているなぁと。
下手な医者よりも、時間をかけ、じっくり観察して判断している、
そんなご家族の問題だから、ちゃっぴーさんの判断に間違いはないと思う。

私なんぞの太鼓判なんてもらってもありがたくもないけれどσ(^_^;)
頑張り過ぎない程度に頑張ってくださいです。
Posted by はに〜 at 2005年01月13日 09:29
★はに〜さん

気持ちのこもったコメントありがとうございますっ。
こんなグチエントリーまで目を通して頂いて、恐縮です。


>私なら逃げる(爆)

ワタシも逃げてますっ(爆)
結構ママンの話とか、テキトーに聞くことも多いのですよ・・・。
ごめんね、ママン。

>目に病原が見える病気と違うから、診断する意志の主観に基づいて、
>限られた診察時間の中で判断される。

それは確かにあるかもしれないですよね。
なんかしらのルールに当てはめて、当てはめようとして診断するのはある気がします。

あちこちのサイトとか見てて、病名?の違いがあいまいだったり、
流派?の違いがあったりして確固たるものがないみたいだし。

なんせ原因が「人の心」ですからね。
分からなくて当たり前なんでしょうね。

>例えば私は2週間ごとに診察受けてるんですけど、
>私にしてみれば2週間分のあれやこれやを相談したくても、
>先生は2週間前に私が話したこととか忘れてるんですわ。
>2週間、いろんな患者さんを診てきたから、
>カルテを見ても記憶が思い出せない。
>なんちゅーか、そんな中で病状を診断されても……

ママンも2週間おきですよ、病院いくの。
どうも2週間おき位じゃないと、先生がもたないみたいですね?
先生も人間だしね。

確かにそんな中で診断されても・・・って気がしますよね。
ヲイヲイ、オマエ本当に分かってんのかよ?ってゆー・・・。

今思ったけど、
だから病院にかかってるから・・・って言って、
先生に丸投げしちゃいけないのかもしれないですね。
本人も含めて家族や周囲の人間が、みんなで取り組む。

で。
どうしても素人では手に負えないことや、
方向性を示して欲しいときに先生の手を借りる。
先生も家族と同じように「みんな」の構成要因のひとつでしかないんでしょうね。

そういう意味でははに〜さんのところもみんなで取り組んでいて、
すごくいいなぁと思いますよ。
はに〜さん自身も自分で自分を振り返ることを心がけているし。

はに〜さんが綴っているいろんな言葉が、
すごく参考になったり励みになったりしています。
どうもありがとうございます。

>というのがあるので、最近は病気か病気じゃないかってどうでもいい気がしてきました。
>要は、人と付き合っていて耐え難いストレスがあるかとか、
>なんかそういうことですよね。
>日常生活や人間関係に支障を来たしているなら、
>病気と診断されようがされまいが、
>なんとかうまくいくように改善していけばいい。

うん、うん。
それはすごくそう思う。
病気だって言われて安心できる部分があるなら、
そう思ってても全然かまわないと思う。
もしそうでないなら、違う形で認識して取り組んでいけばいいと思うんです。

取り組んでいく、っていうその行動が何より大事なのかなぁ、って。
そして、その行動をしている自分や誰かを認めてあげることが大事なのかなぁ、って。
そんな風に思いますね。

>で、ちゃっぴーさんのやってることって、
>私個人から見てですが、やっぱりすごいと思います。
>的を射ているなぁと。
>下手な医者よりも、時間をかけ、じっくり観察して判断している、
>そんなご家族の問題だから、ちゃっぴーさんの
判断に間違いはないと思う。

そうかな?
そう言ってもらえると、安心しちゃうなぁ。
結構ビクビクですからね、内心。
所詮、シロウトだし。
でも、はに〜さんがそう言ってくれるんだから、
引き続きママンの観察日記をつけることにしよう(笑)

>私なんぞの太鼓判なんてもらってもありがたくもないけれどσ(^_^;)
>頑張り過ぎない程度に頑張ってくださいです。

ちょ〜〜〜ウレシイですよっ。
なんたって、ワタシの笑いとエロの師匠ですからっ( ̄ー ̄)ニヤリ

気長にボチボチ取り組んでいきますよ。
あんまりガップリ組むとこっちの身が持たないしっ。

ほんと、コメントどうもありがとうでしたっ。
気持ちがらくぅ〜になりました。
Posted by ちゃっぴー at 2005年01月13日 16:08
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Excerpt: 今年はちゃっぴーさんにくんずほぐれついきます!! ちゃっぴーさんとなら実家ネタで3日は飲み明かせる自信あり!!(なんじゃそら!!)
Weblog: はに〜とぱんだの掛け合い漫才
Tracked: 2005-01-13 21:37
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