2005年01月31日

オヤジを分析してみよう。

さて。
ここんところ毎日のようにお送りしています。
ちゃっぴーさんちの家庭の事情。
今日のトピックはオヤジ。
う〜ん・・・。
とか思ってたのに、何だかバトルが始まる様相を呈してきた我が家。
出動間近でございます・・・(__ )|||||

ま。
いいや。
ひとまずオヤジ分析にいそしもう。

さて。
ウチのオヤジ。
まずはオヤジの思考パターンから。

(へ)理屈に手足をつけたらきっとこんなんなんだろうなぁ、
と思うような人であります。

全ての言動が理屈に基づいて行われている。
しかし最近気づいたことがある。

こいつ、自分の理屈に洗脳されてる・・・。


人間なので、当然理屈大王のオヤジであっても
人並みに感情は持ち合わせております。
しかし。
びっくりなことに、自分の感情さえも理屈で認識しているのです。

例えば、人というものは「気持ちと裏腹に」行動することがありますよね。
小学生が好きな子をいじめちゃう、みたいな。

好きだったら優しくしたりするわけでしょ、本当は。
でも、恥ずかしさなんかがあるから、優しくできなくていじめちゃう。

ふつ〜はそういう心理が理解できる。

でもオヤジはこれが分からない。
なぜなら「好き」という気持ちを表す手段として、
「いじめる」という行為はつじつまが合わないから。

そしてオヤジが大きく問題なのは、ここで行為を重視するところ。
いじめるんだから、好きであるはずがない。
こう判断するわけです。

その判断のわけは、ひとつには気持ちは見えないからあいまい。
行為は見えるから確かなもの、と信じてるから。
だから確かなものからあいまいなものを結論付けるわけです。

ヲイヲイ、でしょ?( ̄▽ ̄;)

そしてもうひとつ。
好きという気持ちから、いじめるという行為にいたるまでにある、
恥ずかしいとか、どうしようとかいう戸惑いの気持ちがある、
という事実を認識してないんですね。

これまたビックリでヲイヲイなんですが・・・( ̄▽ ̄;)|||||

なんで。
この例の場合、好きな子をいじめる自分の認識はこうなるわけです。

「自分はこの子がキライなんだな・・・。」

・・・・・はいっ、勝手にしてくださいっ(T▽T)

こういう理由から、オヤジは自分の気持ちすら理屈に洗脳されている、
と判断するにいたったわけです。


こんなオヤジとあんなママンですもの。
そりゃ、こんな事態にもなりますわ。

まぁ、この辺りは最近話をする中で
少し気づいてはきているようですが。
でもまだまだ腑に落ちてはいないし、
もちろん行動には反映されてません。


さて。
オヤジの行動パターンについても少し言及してみましょう。
ここではオヤジの話について取り上げます。

話し方で面白いのは、
主観と客観をぐっちゃぐちゃにして話すという傾向が強いです。

うまい例えが思いつかないんですけど、
主観的に話しているときに突然客観的な立場でものを言い出すんですよ。

う〜ん。
例えば。
Aさんがある資格を取ると決めたとしますよね。
オヤジもその資格をとろうと決めたとします。

A「勉強、大変だよな。」
オ「大変だな。」
A「頑張らなきゃいけないんだけど、なかなかな。」
オ「・・・・・。」
A「おまえ、どう?そういうときどうする?」
オ「やらなきゃ受からないから、やるしかないよ。」

こんな感じ?
う〜ん・・・。
なんか違うなぁ・・・。

なんていうかなぁ。
こういう状況のときってさ。
気持ちの話をしてるでしょ。
主観的な気持ち。

で。
その話をしてるのに、やらなきゃ受からないのでやるべき。
っていう、客観的な状況判断を言葉にする。

客観的な判断をする前に、主観的な捉え方ってあるじゃないですか。

勉強するの嫌だな、大変だな、やりたくないな、でもなぁ・・・

っていうの。
この会話のときにはここを伝える必要があるわけですよね。

でも、それを言ってたら、それに負けたら資格取れないから、
よいしょっ、って思って客観的なところへ自分を持っていく。
そこではじめて、受かるためには勉強しなくちゃいけない、
だから自分の気持ちをガマンして行動に移るわけですよね。

でもオヤジはこの主観を認識するというプロセスが、
すっぽり抜けていていきなり客観にものを捉えてしまう。

さらにたちの悪いことに、
その客観的な考えが自分の主観的な気持ちだと思っているということ。
だから自信まんまんで、自分の気持ちとして客観的な言葉を相手にぶつける。

これ。
やられたほうは「はぁ?」ですよね。
もっと「はぁ?( ̄^ ̄メ)」って思うことだってある。


・・・たとえがイマイチだから伝わってるか不安だけど大丈夫かしら・・・。

まぁまぁ、こんなことなわけですよ。
すごい、人として問題あるなぁ、って思うわけです。
なんでいろいろ働きかけをして、是正を試みているわけですが、
これがなかなかハードルが高くって・・・。
まだまだ道のりは長いです。


とはいえ。
こんなオヤジもイイところがあるんですよ。
多趣味で、自分の好きなことをすごく嬉しそうに話をするし、
一度決めたことなら、文句も言わずに一生懸命辛くても頑張るし、
とてもとても人間らしい側面も持ち合わせているのです。

基本的にワタシはオヤジと馬が合うので、
話をしていると(ジャンルが限定されますがっ)とても楽しいのです。

こういう楽しさを家族みんなで共有できる様に、
日々努力しているわけですな。

でもその努力が実る日が遠いのは、
今現在続行中のバトルが物語っています・・・。
さて、ワタシもそろそろ参戦してきましょうかっ。

2005年2月1日追記:
Kaoru's Diary さんの 異星人にトラックバックしました。


おっしゃっ!今日もヤルぜっ!BlogRanking
posted by ちゃっぴー at 02:44 | 東京 ☁ | Comment(3) | TrackBack(0) | ちゃっぴーさんちの家庭の事情
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この記事へのコメント

参戦お疲れ様でしたッ(気分はセコンド)

主観と客観の認識のずれは難しいよねぇ……
人間って誰でも、
「自分は客観的に物事を捉えられる人間だ。」
と思いたいんだろうね。
理性的、って言葉と置き換えてもいいのかな……
でも人が動く理由って、理性よりも、
感情のほうが本当は多いから、矛盾が出る。
でも本人はそれを認めたくないので、直視しない。
でも他人はそれがよく見えたりしてむっとする……ということもあるのかな。

でもパパさんは、自分で言葉にしたことを
事実にしようとしているところがすごいね。
実践して、がんばろうとしてるところ。
なかなかそういうのって、難しいよね。
自分には甘くなりがちだから。

で、そういうパパさんのいいところを
ちゃんと見つけられるちゃっぴーたんは
やっぱりえらいなぁと、私は思うのでした(´∀`*)ウフフ
Posted by はに〜 at 2005年02月01日 09:04
ツキウラからきました
初コメです

改行のおもしろかったでっすw

親父分析 が 親父改良 じゃないのが賢い!
「50過ぎに何を言っても90%労力の無駄」
ですからね^^
ちなみに・・・
「60過ぎに何を言っても100%労力の無駄」w
Posted by eiji at 2005年02月01日 09:21
★はに〜さん
>参戦お疲れ様でしたッ(気分はセコンド)
いえいっ!
頑張ってきたぜぃ〜(;@_@)ノ

>でも人が動く理由って、理性よりも、
>感情のほうが本当は多いから、矛盾が出る。
>でも本人はそれを認めたくないので、直視しない。
>でも他人はそれがよく見えたりしてむっとする……ということもあるのかな。
まさしくその通りだと思う。
だからちゃんと自分のことをわかる必要があるんだよね。

でも結構自分のことを考えてみても、自分を理解するのってタイヘン。
分かってるようで分かってないことを見つけるのが難しいんだよね。

だから家族とか友達とかそういう人と一緒にいるのかもね。
教えてもらえるし、気づくチャンスをもらえるし。
んでもって。
頑張って自分を見つけた暁にはみんなでその良さを共有できて、
ひとりでいるより何倍もシアワセになれるもんね。

よしよし。
もっとワタシも頑張るぞぉ〜。


★eiji さん
はじめまして。
遊びにきてくれてどうもありがとうございます。

>改行のおもしろかったでっすw
まぢですか?
ちょっとウレシイ・・・(〃∇〃)

>「50過ぎに何を言っても90%労力の無駄」
や、やはり?!Σ( ̄□ ̄;)|||||
でもまだ10%の意味があるのは不幸中の幸いなのかも?

まぁまぁ。
後はオヤジに頑張ってもらいますよ。
ワタシのやれることは10%だもぉ〜んヽ('ー`)ノ



Posted by ちゃっぴー at 2005年02月02日 02:27
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